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Prologue
インドは、理解する場所ではなかった。
正しく把握し、整理し、意味づける前に、音と匂いと人の距離が、身体に流れ込んでくる。
ここでは、秩序はあるようで、ない。
街は混沌としていて、時間は伸び縮みし、それでも誰も、過剰に怒らない。
世界が思い通りにならないことを、この場所では前提として生きている。
だから人は、抗わない。
かといって、すべてを受け入れるわけでもない。
流されるのではなく、自分を保ったまま、流れと並んで進んでいる。
決まり事には驚くほど適当なのに、道に迷えば声をかけ、目が合えば微笑み、利害のない瞬間には、ためらいなく優しい。
けれどそれは、相手の人生に踏み込むこととは、別のものだ。
物乞いに憐れみを向けることもなく、救う側にも、裁く側にも立たず、それぞれの人生を、それぞれの選択として引き受ける。
干渉しないことが、尊重になる距離感が、ここにはある。
これは、世界をコントロールしようとするのをやめたとき、何が残るのかを、身体で確かめた時間の断片だ。
飲み込まれず、でも抗わず、自分を失わないまま、世界と一緒に流れる。
Get lost.
Go with the flow.
Stay in the moment.
それが、インドが教えてくれた生き方。
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